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洪水のない安全な川づくり
千栗の堤防
千栗の堤防
筑後川は大昔から洪水に悩んでいた
千栗の堤防
筑後川
筑後川の洪水
佐賀県(さがけん)と福岡県(ふくおかけん)のあいだを流(なが)れる筑後川(ちくごがわ)は、九州(きゅうしゅう)でいちばん長(なが)い川で、「筑紫次郎(ちくしじろう)」ともよばれています。この川は大雨(おおあめ)で洪水(こうずい)になると、佐賀城(さがじょう:今の佐賀県庁付近(さがけんちょうふきん))のあたりまで水があふれ、大きな被害(ひがい)がでて、人々はこまっていました。
千栗の堤防
12年かけて12キロもの大堤防が完成
千栗の堤防

堤防(ていぼう)は佐賀県(さがけん)三養基郡(みやきぐん)南茂安村(みなみしげやすむら:今の三根町(みねちょう))から北茂安村(きたしげやすむら:今は町(まち))まで東西(とうざい)12キロのとても長いものでした。そして、できあがるまでに12年かかりました。茂安(しげやす)は作業(さぎょう)をする地元農民(じもとのうみん)のことを考えて、田や畑(はたけ)仕事(しごと)のたいへんな時には無理(むり)をさせず、わざと長い年月(ねんげつ)をかけて工事(こうじ)をすすめたといわれています。

千栗の堤防の断面図(堤防のしくみ)
「杉土居(すぎどい)
(たけ)や杉(すぎ)は、洪水(こうずい)の時に水が急(きゅう)におしよせてくるのを防(ふせ)いだり、他国(たこく)とたたかいをするときなどにも人々(ひとびと)を守(まも)る役(やく)わりをしました。このことから「杉土居(すぎどい)」とも呼(よ)ばれていました。
千栗の堤防
千栗の堤防の記念碑
(ちりくのていぼうのきねんひ)
千栗の堤防の記念碑
エピソード1
枯れない松の木
三養基郡(みやきぐん)三根町(みねちょう)三根東(みねひがし)小学校の北側(きたがわ)にある矢俣八幡宮(やまたはちまんぐう)はもともと堤防(ていぼう)の東(ひがし)がわにありました。ところが、洪水(こうずい)のたびに水に流(なが)されていたため、茂安(しげやす)は工事(こうじ)のまえに今の場所(ばしょ)にうつし、「工事(こうじ)が安全(あんぜん)にすすみ、のちの世(よ)まで水の害(がい)がありませんように。」とおいのりしました。そのときに植(う)えた松(まつ)は、今もお堂(どう)のかたわらで枯(か)れずに残(のこ)っているということです。
松の木
千栗の堤防

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