伊万里市(いまりし)の東(ひがし)にある桃(もも)の川では、まわりの土地(とち)が川より高(たか)いため、 川の水うまくくひけずに昔(むかし)から水田(すいでん)をつくることができませんでした。
茂安(しげやす)は桃(もも)の川の近(ちか)くを流(なが)れる松浦川(まつうらがわ)の上流(じょうりゅう)に井ぜきをつくり、川の水位(すいい)をあげて、 取り入れ口から水路(すいろ)に水が流(なが)れるようにしました。また、水路(すいろ)のとちゅうに戸立(とだ)てをつくって、東分(ひがしぶん)、上原(うえはら)、下分(しもぶん)の3つの地区(ちく)に水を分けて流(なが)しました。