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まず、茂安(しげやす)は水をためておくのにつごうのいい場所(ばしょ)をさがしました。そして杵島山(きしまやま)の谷(今(いま)の北方町(きたがたまち)の永池(ながいけ))に上・中・下と三段(さんだん)の大きな堤(つつみ)をつくることにしました。これで133万立方(りっぽう)メートル(25メートルプールでいうと約(やく)2,700ぱいぶん)の水をためることができます。そして、ためた水を白石平野(しろいしへいや)におくるために、村の人たちといっしょに長さ2180メートルの水路(すいろ)をつくりました。この永池(ながいけ)の堤(つつみ)の水は今も白石平野(しろいしへいや)の田畑(たはた)に必要(ひつよう)な水を送(おく)りつづけています。
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