たたかいの世の中がおわりに近づいたころから、茂安(しげやす)はお城(しろ)の工事(こうじ)や修理(しゅうり)の仕事(しごと)をするようになりました。また、江戸(えど)に幕府(ばくふ)が開(ひら)かれると、江戸(えど)の町の修理(しゅうり)や水路(すいろ)の整備(せいび)にも参加(さんか)し、治水(ちすい)に役立(やくだ)つことをたくさん学(まな)びました。
工事(こうじ)はそこに住(す)んでいる村(むら)の人たちがしました。そこで、田んぼ仕事(しごと)がいそがしいときにはむりをさせず、ゆっくりとていねいに仕事(しごと)をすすめました。茂安(しげやす)はだれからも好(す)かれ、いまでもその人がらをしのぶように、茂安(しげやす)の名前(なまえ)にゆらいする町の名前(なまえ)が残っています。